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2006年05月23日

雲仙普賢岳噴火災害


5月22日から土木委員会県外調査で長崎県に来ている。
昨日は島原市で雲仙普賢岳噴火災害から15年復興事業を見てきた。
テレビでよく見ていた大野木場小学校がそのまま保存されている。
有名な火砕流におそわれ窓ガラスが融けてなくなって いる。44名の命を奪ったのも火砕流だ。
その後その堆積物が土石流になって下流の地域を苦しめた。
下流に住み続けるためには地域全体を数メートルかさ上げしなければならないが、個人の土地に税金の投入は出来ない。
そのため国、県、市、そして住民が知恵を出し合い、土地区画整理事業、農業被害復旧事業、義捐金の一部、そして特筆すべきは土石流の残土を処理しなければならないのを逆手にとって、その土砂を受け入れてその費用と土砂をかさ上げ工事用に利用したことだ。
当時は文字に表すことの出来ない困難があったに違いないが、行政と住民の協働と住民の多くの犠牲の上でこの事業が成功したのだと思う。
我が県でも、住宅被害など私的財産の復興にも公的支援が出来るよう是非進めていきたい。
予算は少なくても我々には知恵があるのだから。

投稿者 yoshidakimio : 2006年05月23日 20:53


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