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2006年03月29日

小規模作業所補助金

3月28日県内の小規模作業所関係者の要望活動の中で、小規模作業所に対する補助金の減額高が初めて示された。
小規模作業所利用者5人と10人の間を段階的に人数加算する補助額、一人あたり年間30万円を15万円にするという。
市町村によっては同額加算していたので、9人の作業所の場合4人の人数加算分15万×4人=60万、さらに市町村の同額60万、併せて120万の減額が新年度の4日前に突然通告されたわけだ。
総事業費の2割近くの収入減を通告された施設が運営できると考えているのだろうか。
その他にも、国からの補助金100万円前後がやはりうち切られた。共同募金からの配分金も運営費から期限付きの臨時費に変更された。
残念ながら、国も県も、口先では障がい者が地域で生活できるように援助すると言うが、実態は家族だけが犠牲を払い家の中に閉じこめて日中活動の場は無くしてしまえと考えているのかもしれない。

投稿者 yoshidakimio : 00:48

2006年03月23日

県単独事業により支援を継続したいと思います

上記は、12月議会で「小規模作業所に対する補助も充実すべきだと思うがどうか」との質問に対する保健福祉部長の答弁だ。
当然18年度も昨年同様の支援が行われるものと県内の小規模作業所のみなさんに説明した。
しかし、昨日補助金が減額されるらしいとの噂を聞いて県庁に飛んでいった。
担当者:「はい減額します。精一杯がんばりましたが予算がとれませんでした」
吉田:「12月議会の答弁は何だったのか」
担当者:「あの時点ではそのつもりだったが、予算編成の課程で減額せざるを得ませんでした。補助金は継続するのですから、減額しても継続には違いありません」
このようなやりとりが何度も続いた。
それでは議会の答弁は何だったのだろう。百歩ゆずって予算編成の過程でどうしても確保できないのなら、なぜ2月議会の議案を提出する時に説明がないのだろうか?
どうやら、聞かなかった1年生議員が間抜けだったということらしい。
部長にも説明を求めたが、さらに事務的な返事が返ってきた。
来年度からの障害者自立支援法の施行で、小規模作業所の運営はさらに厳しくなり、郡山市でも3月いっぱいで作業所を解散するところが出てきた。
利用者もその後に行く場所が決まらない人が多いと聞く。
郡山市は中核都市で、市単独事業の補助金で、県の補助金よりは多少条件がよいはずなのにやはり運営は厳しいという。
県内でも今後立ちゆかない施設が出てくるだろう。
これは妥協していい問題ではない。
私が政治を志した一番の理由は、障がい者など社会のひずみの影響を一番受けやすい人たちの立場に立って世の中を変えていきたいと思ったからだ。
県議会議員になってそろそろ1年目になる。戦わなければならない時がやって来た。

投稿者 yoshidakimio : 19:23

2006年03月13日

ますます正体不明

障害者自立支援法がまもなくスタートする。
障がい者の小規模作業所も新施設体系に移行するよう指導していくそうだが、その先が未だに不明確だ。
規模内容などで、小規模作業所の多くは地域活動支援センターという国がお金を出さない施設に移行することが予想される。
しかし、その中身が不明確で、市町村が予算を組まない場合も考えられる。小規模作業所は半額県からの補助があるが、新しい体系では出すとも出さないとも決めていないようだ。
このまま新年度がスタートして多くの小規模作業所は来年を予測できずに運営しなければならない。

投稿者 yoshidakimio : 23:44

2006年03月04日

県民連合に部会設置副部会長に就任

3月3日所属する議会会派「県民連合」が、所属議員の増加に伴い政調会の中に3部会を設置した。
政調会長から福祉の専門分野に入るよう依頼され保健福祉、教育庁、公安委員会(県警本部)担当の第二部会に所属することになった。また、副部会長も仰せつかった。
委員会等で福祉に関係することができずにいたが、もっともっと勉強していきたい。

投稿者 yoshidakimio : 21:17

宮城県登米市での講演

本日、宮城県登米市社会福祉協議会迫支所主催の「災害支援を考える住民の集い」に参加した。
第1部の講演と第2部のパネルディスカッションのコーディネーターをつとめた。
講演で阪神淡路大震災で学んだ、ネットワークが最後のライフラインになること。
そのために地域が活性化して行かなければならないことを訴えたが、自主的な防災組織を立ち上げたり訓練を行っているなど、さすがに宮城沖地震で大きな被害が予想される地域だけに取り組みが熱心だった。
わが町もかくありたいものだ。

投稿者 yoshidakimio : 20:58

2006年03月01日

母校の卒業式

31年ぶりに母校の卒業式に参加させていただいた。
不思議なもので現役の高校生を見ていると、いつの間にか自分の高校生の頃を思い出す。
生意気な高校生だった。(今でもだが・・・)でも、もっと純粋だったように思う。
あらためて世の中をまっすぐ見つめていきたいと思った。

投稿者 yoshidakimio : 20:15